Posts categorized "温泉"

12/13/2009

 新屋温泉

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MAP 青森県平川市新屋

Photo_3新屋温泉


  禁断の果実が群れ実るエンデンの東

田園が広がる日本有数の平野である津軽平野の東端あたりに位置する。

ロケーションは田んぼの外れにある集落の中にあり、

電信柱に夜は明かりが燈る看板に“新屋温泉”とだけシンプルに書いてある。

建物もおおよそ目立つとこない外観である。

屋内も昭和中期の建てた当時のままだと思うちょっと草臥れた懐かしい感じ、

受付のある玄関フロアーの照明が暗かった

現代の店舗の過度の明るさに慣れた感覚からはかなり暗い。

どうゆう事情で暗いかは解らないが、その暗さも良い感じであった。

壁掛けの鏡がまっことデカイ、

脱衣所の壁いっぱいと受付の横のテーブルと椅子がある休憩所?にもあった

昔ならではの寄贈品であり、寄贈社の名前が入ってたと思う。

この日のお湯は透明感のある薄い緑色だった、濃い感じではないが

爽とした涼やかな色はしっかりある。

においは強いがやわらかい懐かしいような油臭。

連れは湯から上がり休憩所で温泉の匂いと聞くまでは

石油給湯器(灯油ボイラー)の匂いだと思っていた。

匂いは人によって千差万別であるようだ。

昼下がりである。浴場は日が射して明るく湯舟は浴場の中央にある

おじいちゃんが二人ほどトド状態でいた。が体格はミイラに近い

介護が必要になっても持ち上げは楽そうだ。

身内でもトドの介護はごめん願いたいとこである。

湯舟には単独である。

湯舟のいろんな所いろんな格好で私的超優良泉を堪能。

その後はしばらく三人で湯舟を囲み寝そべっていた。

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緑系の色合い、香り、泡つきヌルヌルの肌触り、

熱すぎない湯温、あったまり具合、湯上り肌の状態感、

なんともはや、いいとこ取りのお湯である。好みは人それぞれであるが。

そして何よりは、これらの良さ達を妨げることのなく鮮度が保たれている事

温泉力のキャパを越えない利用者数であればこそなのだと思う。

まあ時間帯で、ここもそうは行かないのかもしれないが。

いずれにしろ禁断の果実が群れ実るエンデンの東にあるからこその良さでもある。

ん~♪エンデンの東。完璧たるオヤジギャグ!だな。

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08/29/2009

 微温湯温泉 旅館二階堂

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MAP 福島県福島市桜本字温湯

Photo_3微温湯温泉 旅館二階堂


 温湯に微まで付くのである。

暑い夏の日は微温湯温泉と思い日帰りで行きました。

福島市市街地からほぼ真西で県道126号が伸びているが

県道は舗装してない悪路であるらしいので、

ちょっと遠回りだが南側から舗装農道を通って行きました。

農道は道路幅もあり問題はないが

県道に入るとそこは舗装してあったが狭かった。

特に旅館手前の小さい桜並木の幅は狭い、(春は綺麗そう)

けど帰りに微温湯温泉の名の入ったマイクロバスと

農道ですれ違った。マイクロバスが通れるみたいです。

ぬる湯に浸かる涼を求めて行ったのだが

旅館に着いただけで、すでに涼しかった。

この道の終点、山系の中腹になるが

旅館自体、眺望はきかない山間にあった

深い霧が似合う感じの古い木造二階建で

奥にこちらも宿泊施設と思われるかやぶき屋根で増築された

比較的新しい建物があった

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渋めの木造浴場は母屋から細い渡り廊下でつながっている。

お湯はさすがに温い、φ50㎜ぐらいのパイプから

勢い良く放水(湯)されている。湯面まで20~30cmの高さだが

放物線の出かかりで湯面に到達する感じで勢いがすご!

ポンプ圧でしょう、もちろん量も多くなるということで

木製の浴槽の湯は新鮮で視覚的にはピュアですが

手に取り嗅ぐとただならぬ金属臭があるのです。

浴室に成分表が掛けてある

温度は31.8℃でPHは2.9と浴室内の成分表の表記にある。

PHが2.9なのかは疑問。

含有成分数値でいくと、特徴はメタケイ酸が特に多そう。

数値でほかの温泉との比較は正確に把握してないのである。

156.1mg/1kgの表記ですがどうなんでしょうか。

とにかく長湯なんてもんじゃない

暑い夏が終わるまで入っていたい感じ、極端に言えばです。

どこぞの坊やも温さに素直に喜んでいた。

生まれて初めて入ったと七歳のガキがおっしゃってました。 

眼病への効能が目立ってあるらしい。

沸かしてある湯が入ってるFRPの浴槽と二つあるので

交互に入ってる人もおりました。

冬季は宿泊は出来ないみたいですが、

入浴だけは可能なのかな?

でも冬はどうなんでしょうか、暑い夏にはおすすめ致します。

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07/05/2009

 田中温泉(東鳴子)

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MAP 宮城県大崎市鳴子温泉

Photo_3田中温泉(東鳴子)

【以下を7月5日にUPしましたが、なんとすでに
6月30日に営業を終了したそうです、非常に残念です】

 
  【 寂寞 であること。


東鳴子全体が寂寞であると言えそうだが

こちら田中温泉はその代表で

規模や構はなかなかなのだが

”営業しているのか?”

外からでは疑問に思うほどで、
寂寞度は高い。

入り口を一回、間違えて仕切りなおして入った

現玄関ロビーにはレンガ造りの暖炉があり

当時としてはハイカラでシックな感じ。

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だが、修繕はまったくと言っていいほどしていない

トイレもかなり草臥れていた。

外からだとレンガ造りの煙突から煙が出てるのが見えたが

この暖炉には火はなかった。

大浴場の脱衣所は其の暖炉の裏側にあり

脱衣所の一部もレンガ壁になっている、

最近あるレンガのタイル張ではなく

本物のレンガ壁、そこに成分表が掛けてある。

分析年は昭和31年の表記、

陽イオンはカチオン、陰イオンはアニオンで記載されている

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たぶん其のころが全盛期と思われる。

ちなみに自分の生まれる遥か前である。

いわゆる団塊の世代でも10歳前後。

田中温泉に限らず、このあたりの旅館の建物は

明治の大洪水の影響もあると思うが

昭和の前中期からのものであり、

それからあまり手を加えず今日に至っていると思われる。

鳴子の歴史から見れは最近の部類にはいる。

大浴室は平面で見るとドーナツ型で入り口は対面に2ヶ所。

内側の穴部はサッシの吐き出し窓により、ぐるりと一周

閉じており中央からの採光になる。

穴の半径は約3mぐらい。

浴室全体では不正確だが半径約7~8mぐらいだと思う。

すでにサッシ窓の動くものは数ヶ所である。

外気部(outside)になるドーナツの穴の部分は

コンクリート敷きで今は何も置いてない。

昔は背の高い黄色ぽぉいコニファーでも置いてあったのかね?

あったらいい感じである。

浴槽が内側を大きく占めていて、

一部分だけ内側の浴槽が切れたところは

壁側に浴槽が分かれてある。

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二つの浴槽になる。壁側の浴槽は温めだった。

壁には五色の、昔は鮮やかだったと思われる太い帯が一周

細かいタイルで彩られていてポップな感じ。だが

現状は苔むしているのか、鮮やかとは言えない。

天井も不規則に曲がった楕円形に幾つか抜かれていたりで、

尋常なデザインでない。

浴室自体のつくりはだいぶ気合の入った設計で

ロビーから脱衣所までのシックとは違いワンダーなとこがある。

現在は混浴である。このつくりだと昔からそうなのか。

別々の老夫婦が交代の様に出ていき入ってきた。

浴場は掃除してるとは言えないので

料金は200円と、このあたりの相場の半値もうなずける。

油臭はもの凄い、ガソリン臭なのか?何臭なのか?

ガソリンは意識してかいだ事ないので解らないが、

個人的にはディーゼル機関の匂い

(軽油の匂いなのか)が近いのかなと思った。

タオルに残る匂いは次の日も消えなかった。

湯船に張り満ちる湯の色は

白濁より灰色濁気味で湯花の浮遊も多い。

湯口はにごりがなく、壁側の浴槽の湯口は飲泉もできて、

効能は解らないが持ちかえる人がいた。

硫黄濃濁強油臭温泉、

泉質的には文句はなく強烈な個性を持つ。

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“日帰りだけですよ“と、しょうがなく営業せざるえない

極少数だが一途なニーズがあるというか要望があるのだろう。

しかし、このままでは本物の廃墟になるのも時間の問題か。

温泉好きならば無責任に残してほしいと思うが。

この時代の厳しい温泉旅館経営や諸事情により

後継できるものには、

後継する価値や意義が見出せないみたいである。

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02/11/2009

 寒河江花咲か温泉ゆ~チェリー

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MAP 山形県寒河江市久保

Photo_3寒河江花咲か温泉ゆ~チェリー


施設名が個人的には関西馬風なネーミングだと思うが

付けた方はいたってまじめでしよう。

いまどきの大きな施設なのでカタカナを使ったのか

名産のさくらんぼが英語で入っている。ゆーチェリー。

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お湯は泉質自慢の温泉旅館級かそれをも凌ぐのお湯で

施設名からでは
想像も付かない、

いいお湯達です、おおきく2種に分けられると思う。

いいお湯なのだから“何とかの湯”とか付けてもいいと思うが。

このあたりではこのいいお湯達が普通なのでしょう。

一帯にはこれらの湯を使った施設が古くからある。

源泉ごとに浴槽が別れそれにそれぞれ名前があるが

その名前の横にカッコで 金 銀 銅 と付けてある3種類の源泉。

内湯が二つで露天が一つ、それぞれが100%源泉かけ流しだそうです。

湯量も十分にあり内湯の大きな浴槽をも満たし溢れ出てゆく。

内湯は透明な高濃度温泉の名もある銀の湯と

茶色の湯の若干熱めの銅の湯で

見るからに違うお湯がドン!ドン!と大きな浴槽で二つ並んである。

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露天はこげ茶色の湯で植物系有機物の匂いがあり

さくら御影石で拵えたさくらんぼの湯口から注ぐ金の湯である。

どの湯も足裏などに炭素が付き黒くなることがあるらしい

石鹸では落ちづらく、お湯の中でこすると落ちるとのこと。

銀の湯はかなり重く感じるお湯だが、

同様な泉質で近くに舟唄温泉がありそっちの方がもっと重い感じで

舟唄がヘビー級ならこちらはクルーザー級かライトヘビー級てなとこ。

二階には休憩室がある別料金の\300。

                                ■画像クリックで拡大Photo_5


窓枠が無いガラス張りで景色壮大でしたが

地元の方でめちゃ混み、持込禁止はなんのその状態。

近辺では人気バンバンで鉄板なんでしょう。

目の前は最上川がゆっくり流れております。露天からは良く見える。

寒河江SAの隣でETC専用出入口、スマートICなるものがあるが、

車で出なくてもSAの駐車場から余裕で徒歩で利用は出来る。

山形県は温泉のない市町村がない、

平成の大合併前でもそうだったと思う

意外というか凄いに尽きる。なのでなのか入浴料も安いのである。


  ■ 寒河江花咲か温泉ゆ~チェリー     オフィシャルサイト  


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12/24/2008

 那須 千本松温泉

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MAP 栃木県那須塩原市千本松

Photo_3千本松温泉

 ” なんとなく親近感 ”

幹線道路からの道はしっかり整備してなし

駐車場も舗装してないもちろん駐車場所を示す線も無い。

定員の想定が多く無くて、無理に背伸びはしない運営なのかなぁ、って思え、

なんか親しみが沸く感じでした。

車は好きな所に前向きでアバウトに止め、

数本しかないの杉林を避けてのアプローチ。

Photo_4

玄関口受付は狭いが肝心の風呂、露天がいいのである。

露天はまだ新しい感じでした。内湯からのギャップもいいのでしょう。

受付からは脱衣所がちょっと変則な配置だが、

直ぐ脱衣所は飾らず余計な物、スペースは造らずで好感。

昔はだいたいそうだった。

お湯もヌルツルツルのなかなかの泉質で

このあたり栃木県北部平原一帯はヌルツル温泉の出る地のようだ。

俗にゆうモール泉なのかは正確に解らない?

一帯の源泉温度は60℃前後である。

元来、モール泉なるものはそんなに高温なのかどうか?

ここはにおいが特に強かった。樹木油のような匂い。

通称である泉名の線引きは難しいし定義が定かでなく良く解らない

また匂いの表現はこれまた特に難くい。”モール”と単一できるものなのか?

個人差はさて置き、植物由来の有機物でもいろいろ有るのである。

色的には若干の色付きで透明な緑色であるかのように見えるが、

浴槽の床石に緑色凝灰岩が敷いてあるので

石のみどり色の影響が大で緑色に見える。

実際は微妙に褐色が解けたお湯だったように思えた。

この辺は床石に十和田石だと思れる、

緑色凝灰岩を敷いてある施設が特に多いと思う。

拙者の好みに合う。大谷石や十和田石などの

あのみどり色はクールだが暖かい、清閑で心が和らぐ気がします。

大谷が近いので凝灰岩に対し親しみがあるのか。

北関東では家の塀や蔵に大谷石が使われているのをよく見る。

大谷には石の地下採掘場跡を見学できるところがある。

狭いとこが落ち着くと言う方はどうぞ、

地下空間の大きさ広さ高さは驚くものがあります。たぶん落ち着かないでしょう。

話が反れましたのでもどります。

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露天には片流れ屋根の洗い場と湯舟が二つある、内湯からだと意外な規模。

手前の浴槽は前面が切石で綺麗に組んでおりシャープな感じ湯口一つ。

奥側の浴槽は裸岩で組んである、湯舟の真ん中にも岩が高く組んでおり

その頭からお湯が流れ堕ちる、湯口は奥の石組みにもあって二箇所です。

これだと混んでいて向かい合いって浸かった場合でも

向かいの人の顔を見なくて済みます。

Photo_2

湯舟の中央に湯口がある配置はよくあるが、どこも低いものだ

ここはそれほど広い湯舟でないのに岩が高く組んであるのである。

この組み合わせは良いと思うのだが、有りそうでなかなか無いのである。

洗い場の片流れ屋根もある程度だがこちらの浴槽にも掛けてあるで雨も凌げそう。

結構考えて設計してある。

個人的には好きな造りに近い。それほど広くないがまとまった良い露天だと思う。

Photo_3


内湯は浴槽から溢れてるお湯に飛び込んでさらにもっと溢れ出させたりして。

狭いなりに気持ちよかった。

  ■ 千本松牧場オフィシャルサイト 
  ■ 地図リンク   栃木県那須塩原市千本松799
               7:00 ~ 24:00 ( 受付23:00 )

 大谷石のついでの話。
大谷石で造った特に有名な建築物は、帝国ホテルライト館である。

アメリカ人建築家、フランク・ロイド・ライトの設計により、

11年の歳月を費やし1923年にその本館は完成した。
9月1日に落成記念披露宴が開かれることになったが
どういう運命のいたずらか、関東大震災が東京を襲ったのは、

まさにこの宴の準備に大忙しの時だった。
周辺の多くの建物が崩壊したり、火災の猛火に見舞われた中で、

このライト館だけは小規模な損傷はあったものの

ほとんど無傷のままで以前と変わらぬ勇姿を放っていた。

ライトの帝国ホテルは、ひときわ人々の目を引いたのであった。
このときライトはすでにアメリカに帰国しており、二ュースによって、
震災の一報を知り東京の主な建物はすべて崩れたと聞いていたが、
2週間後この事実を一番弟子である遠藤らの手紙で知り狂喜したとか。
また先の大戦では、相次ぐ空襲により喪失した所もあるが

敗戦後、GHQにより修繕され旧来の姿を取り戻し、

新本館が出来るまで、その役目を果たした。
取り壊しの際には震災にも空襲にも耐えたこのホテルの存続を訴える
大規模な反対運動が起こったほどだ。今では愛知県の
博物館明治村に

移築された玄関部分だけから当時を思い浮かべるしかない。

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11/16/2008

 玉川温泉

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MAP 秋田県北仙市田沢湖玉川

Photo_3玉川温泉

 ”森羅万象を越え、奇跡をつかめ”

全国からガン治療のための湯治にやって来る。

心気の和みなどは超越した世界。

一泊だけお世話になりました。

夕食での隣の席の人は京都から、その隣も京都からだった。

不景気で特に大阪は大変だと聞くが、京都は金持ちが多いんですか?

料理はバイキングだが品目は毎日変わるらしく評判は良かった。

泉種は酸性-含二酸化炭素・鉄(Ⅱ)・アルミニウム-塩化物泉。

とはいっても泉質名ではちんぷんかんぷんで良くわからない。

ph値の1.05は文句なし、無色透明で硫化水素臭。

源泉は旅館からは離れて沸き川となって流れくる。

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大墳(おおぶけ)から約8,800ℓ毎分という量で

ボカボカ、ボカバシャ沸きあがり川となって流れてゆく。

ガンに効くといわれる北投石の岩盤浴場はこの大墳の奥にある、混みようは凄い

ので地熱のあるところをならばどこでも茣蓙を敷いて横になってる人も多い。

大噴から少し下流になる旅館には大浴場が一つあるのみ。

これがこれぞ大浴場という感じで、木造だが重厚でスケールが大きい

由緒あるお寺の本堂と変わらぬ太い柱が立ち並ぶ

直径50~60cmはあろう丸柱が何本もならぶ。

飾りは無いが、威風堂々 泉質に負けない浴場だ。

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洗い場の設備も整い意外と近代的である。

浴槽はいくつも分かれており

約ph1.1の源泉100%のメイン浴槽、

ずっと入ってる人も居るので個人差は在ると思うがピリピリと肌を刺激する、

傷があったりすると刺激はただものではない。拙者はそう長くは無理でした。

50%に薄めた浴槽がふたつ熱いのと温いのとがあり、

拙者はこちらの刺激でも十分な気がした。

そのほかにサウナ 寝湯 打たせ湯 饅頭湯 露天湯 50%気泡湯がある。

露天湯は何で露天が付くのか?まぎらわしいが露天風呂ではないのだ。

紙コップが用意してある飲泉コーナーもある。水と源泉50%があり、

水で2割程度に薄めて呑むようにと説明がある。

ちょっと濃いめのを呑むと味は“ポッカレモン”そのものではないか。

なに!濃いと歯が解ける場合があるらしい。

あわててうがいした、念入りに水で何回もうがいした。心配性である。

トイレや御みやげ屋の出入り口などには

手の殺菌用のためシュポシュポタンクがおいてある。

以前、食中毒がでたための対策と思われ、

現在では衛生面に凄く気を使っている。

部屋にはTVが置いて無かった、ある部屋もあるのか?

見たければテレビ室なるものが設置されてあるのでそちらへとなる。

湯治客が多い、長く滞在していると曜日がわからなくなってしまうのだろう。

脱衣所の浴場出入り口に敷いてあるマットは

その日の曜日の頭文字が入ったものだった。

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たぶん毎日変えられている。海上自衛隊のカレーライスを連想させられた。

大噴から沸き上がる湯、温泉としては絶大なこのお湯だが

流出する強酸性のお湯は渋黒川を経て玉川へ、そして下流へと流れていく。

もちろん現在は中和施設やダムがあり下流の川、湖は酸性の影響は受けない。

だが温泉としては絶大であるお湯がゆえに

中和施設が建設されるまで、この河水はpH1.1で実際、塩酸が流れていると

言ってもいい強酸性の川であった。

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このため古くから“玉川毒水”と呼ばれ、魚介類は全く生息できず、

水田に流入しては稲の枯死を招き、久保田藩の時代にも民を悩ませた。

江戸時代から幾たびの対策が計られただがいずれも成功しなかった、

特に1940年(昭和15年)の国策として行われ田沢湖を利用した中和事業では

逆に田沢湖が強酸性になり田沢湖の魚が全滅するという事態になった。

昭和14年に、電源開発と農業の振興を目的とされた

「玉川河水統制計画」が策定され、

昭和15年に国策の名の下に玉川の河水を田沢湖へ導入して

希釈する方法が行われた、〈翌年1941年(昭和16年)が真珠湾攻撃である。〉

結果として田沢湖固有種である国鱒絶滅という惨事となった。

その強酸性水によって国鱒をはじめ多くの魚が生き絶えてしまった。

現在では平成2年に完成した中和施設によって玉川の水を中和して流しており、

湖の水の酸性度はある程度下がっているようだが、

60年経った今でも依然として酸性にも強いウグイしか泳いでいないという。

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現在ならば環境問題として大きく取り上げられるところであるが、

当時は国家を挙げての政策でしかも戦時体制下の真っ只中である。

幻の魚となった国鱒、この固有種の存在が顧みられる事は全く無かった。

秋田では無為な国策は八郎潟にも及んだ、

日本で二番目の広さを誇った、八郎太郎が創ったと云う湖。

四角い大きな帆を膨らませた、うたせ舟が何艘も漁をしていた
八郎潟は干され、

水田に変えられた。オランダ人技師が招かれ

1957年に着工し、入植は1967年から竣工は1977年であるが

すでに工事中の1970年から減反、米の生産調整が始まり

現在に至るまで休耕田の土地が多いのが現状だ。

入植には玉川中和施設と連携して造られた玉川ダムの建設に伴い

移住を余儀なくされた集落も充てられた。

二十年の歳月と巨額の税金で元に戻せない自然破壊だけを行った事になる。

この我が国、日本の政策の無責任さは、年季が入っているのである。

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  ■ 玉川温泉オフィシャルサイト  湯瀬グループ
  ■ 地図リンク   秋田県北仙市田沢湖玉川
      TEL 0187-58-3000    FAX  0187-58-3005
        日帰り利用  7:00~20:00(4月中旬~11月下旬)

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